②生徒指導の本質Ⅰ

教育

今日は生徒指導について考えてみる。プロフィール欄を作成したので見てもらったらわかるが、私は生徒指導主事の経験があり、生徒指導は自分でも得意だと思っている。

さて、早速だが生徒指導と聞いて想像するのはどういったことだろうか?「生徒指導 イラスト」でググったらこんなんが出てくる。

そしてこんなんも。

これが俗に言う生徒指導のイメージであろう。「悪いことをしている生徒を叱り、問題点を直させる。」これが生徒指導だと思っている人が多いと思う。現職の教師ですらそう思っている人が多くいるのが現状だ。現に何かトラブルが起こった時に「生指(せいし)が起こった・・・」という使われたかをしていることが多々ある。

確かにそれも生徒指導の一部ではあるが、問題行動=生徒指導ではない。そんな単純で浅はかなものではないのである。一応紹介をしておくと、文部科学省所轄の国立教育政策研究所というところが生徒指導とは何かを説明した「生徒指導提要」というものを出している。教師でそこそこ経験を積んでいるのなら一度は目を通しているはずだ。私は生徒指導主事になったときに初めてその存在を知り、熟読した記憶がある。令和4年に12年ぶりに改訂された生徒指導提要にはこう書かれている。

生徒指導の定義
生徒指導とは、児童生徒が、社会の中で自分らしく生きることができる存在へと、自発的・主体的に成長や発達する過程を支える教育活動の事である。
生徒指導の目的
生徒指導は、児童生徒一人一人の個性の発見とよさや可能性の伸長と社会的資質・能力の発達を支えると同時に、自己の幸福追求と社会に受け入れられる自己実現を支えることを目的とする。
「こら~!ちゃんとせえ」が生徒指導ではないのである。そんな薄いことではなく、児童生徒の幸福追求と自己実現を支える素晴らしい教育活動なのである。しかしながら学校で良く出てくる言葉は「生指が起こる前に先手先手で・・・」とか「後手に回るからどんどん生指が大きくなって・・・」とか、およそ生徒指導というものが何かわかっていないような発言が飛び交うのである。そういう言葉を聞けば聞くほど「生徒指導って何かわかってんのか?」ってちょっとイラっとしてしまう。
生徒にルールを守らせることが生徒指導ではない。先ほどから何回も言うが、それだけではないのだ。それをわかっていない教師が偉そうに「生徒指導」を語っている時に、私はイラっとしている。まず見よう!生徒指導提要を。そして考えよう!その生徒が幸福追求と自己実現に向かうための個別のアプローチを。
本質を考えて生徒指導をしている教師って、日本の教育界にどれくらいいるのだろうか・・・?
次回も継続して生徒指導に関して考えることにする。

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